ちょっとむかしのおはなし(1) 公開:2010年7月6日  new!

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ちょっとむかしのおはなし(1)


 俺、人間になっちまった?
 生臭い違和感を体に感じ、俺は『御神殿』から少し離れた、門前町界隈の安アパートで目を覚ました。
 全身に張り巡らされていたGPWGマルチセンサーは単純な神経細胞に置き換わり、スカスカでベタベタとした感覚を伝えてくる。強力な力を発したインパクトアクチュエーターも、非効率な化学反応方式の難物、いわゆる筋肉に変化していた。
 そして何より頭脳だ。
 超多次元並列処理が売りの俺の量子頭脳は、言葉通り、人並みの脳味噌になってしまった。
 マルチタスク不可。念動、発火、透視、その他諸々の便利なPSIアプリケーションももちろん使用不可。
 この脳で出来ることは唯一つ、肉体を操ることだけ……
 だが、スペックの著しく劣るこの体、実は、今の俺には喉から手が出るほど欲しい代物だった。
 コイツは、どこの神様が起こしてくれた奇跡だろう? それとも、やはり夢なのだろうか?
 薄暗い部屋の中、俺は横になっていた体を起こし、ベットに腰を掛ける。
 大きく伸びをした後、覚悟を決めて、古典的な夢と現実の区別手法を試して見た。
 全開で右頬をギュー!
「ギャーッ!!!!!」
 たまらず、ベットの上を全力でのたうちまわる。
 おいおい、これハンパなく痛いぞ! つーか、こんな痛い思いして自分で自分の頬をつねるって、人間はバカでマゾか?
 加減せずにつねって真っ赤になった右頬をさする。まだ痛い。だが、涙目になりながらも、痛みの中に確かな肉体の手ごたえを感じた俺は、ニヤニヤと笑いが抑えられなかった。
「……変態さん?」
 気がつけば目の前に小柄な少女がいた。
 ナユタだ。
 この人間の街で、唯一、俺の正体を知っている少女。
 しかし、今はひどく冷静に、興味津々に俺のにやけた顔を眺めている。この表情は、ヤバイ。
「うお! いつからソコにいた? つーか誤解、誤解だ! これはお前が想像しているようなプレイじゃない!」
「……痛いのが好きなの?」
 俺の話をまったく無視して、早速ナユタの手が俺の右頬に伸びる。コイツは、案の定そういう駄目な想像を……
「だから違うって!」
 弁解しようとする俺をさらに無視し、ナユタは全開で俺の右頬をつねった。
「アギャーッ!!!!!」
 再び、ベットの上を全力でのたうちまわる。
 そんな俺を、不思議そうな表情で覗き込むナユタ。
「……もっとする?」
「……ごめんなさい。勘弁して下さい」
 無様な俺を見て、クスリと笑う。
「……機械なのに痛いなんて、おかしいね」
 いつもながら変わった娘だ。俺を、機械の体を持つ人間の敵と知っていながら、目の前で微笑んでいる。その笑顔だけを切り取れば、ナユタはどこにでもいるごく普通の少女に見えた。世界の存亡を背負った戦士とか、救国の天使だとか、そんなファンタジーな設定があるようには思えない。
 だが、俺はこの少女の本当の姿を知っている。
 いや、知っているどころの話では無い。
 俺が彼女を見つけ出し、運命の輪の中に閉じ込めてしまったのだ。
 ナユタは生贄の山羊。
 『御神殿』に本当の危機が訪れた時、このあどけなさの残る少女は、真っ先に死に向かわなければならない。
 そして、世界を救う。
 ナユタは、そういう力を持って、生まれてきてしまった娘だった。
 ガラクタの体に閉じ込められたオレと、クソッタレの運命に閉じ込められたナユタは、ある意味、どん詰まりの似たもの同士だった。
 しかし、俺は……
「……ラプくん、ドクンドクンって音が聞こえる」
 俺の異変に気がついたのか、ナユタは俺の胸に耳を近づけた。だが、ラプくんだと?
「ラプくんはよせ」
 ナユタは俺のシリアルナンバー『LAPLACE—1812』を本名と勘違いしていた。『御神殿』で使っている名前で呼べ、と何度言っても、2人きりのときはラプくんが直らない。ラプくん……とても壮年男子(あくまで外観設定の話だ。実際には機械の体が製造されてから数世紀は経っているし、ましてや俺自身、つまり魂の話に至っては、いつ生まれたかなんて解りゃしない)に対する敬称とは思えない。俺のプライドに賭けて、ラプくん呼ばわりは直させなければならない!
 しかし、そんな俺の気持ちをまたも華麗にスルーして、ナユタは胸にガバッと抱きつくと、俺の心臓のあたりにきつく耳を当てた。

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「こら! 離れろ!」
「……心臓が動いてる。それに、体が暖かい」
「だからくっつくな! 説明するから! 離れろ!」
 俺は尚もしがみつこうとするナユタを、強引に、だが怪我をさせないよう慎重に引き剥がした。
「……大丈夫、説明いらない。ラプくんもだったんだ。びっくりしたよね? ほっぺた、つねりたくなるよね?」
「ああ、まあな……待て、『も』ってどういうことだ?」
「……あのね、私にも奇跡が起きたの」
「『奇跡』って、どういうことだ?」
「……私、普通の女の子になったの! もう自由なの!」
 瞬間、薄暗いアパートが吹き飛び、世界が輝き始めた。
 美しい青空に花びらが舞い、小鳥達が祝福するかのようにさえずる。
 ナユタは古ぼけたベンチに腰掛ける俺を残し、花畑の丘に向かって、楽しそうに走っていった。
 そうか、お前も、あのどうしようも無い宿命を断ち切ることが出来たのか……
 俺は木漏れ日の木の下で、ベンチに両足を投げ出して寝転んだ。先ほどまで薄暗いアパートの部屋の中、こ汚い簡易ベッドに座っていたはずなのに……何故か、俺は疑問に感じなかった。
 生身の体に、大自然の風が心地よい。
 ナユタは俺の傍らに駆け寄ると、寝ている俺に花の王冠を捧げて、額にそっと口付けをしてくれた。
 ただの人間になれた俺たちは、神に感謝し、この平和な世界で初めて『生きている』ということを楽しんだ。


 目が覚める。
 いつもの薄暗い部屋。
 試しに右頬をつねってみるが痛くない。
 一瞬夢かと思ったが、俺は普段から痛覚のゲインを下げていたことを思い出した。
 つまり、痛く無いのが正常だ。
 つーか、俺の部屋がいきなりお花畑とか、ナユタがキスしてくるとか、夢以外有り得ねーだろ。俺はロリコンかっつーの。
 ココこそがクソろくでもない現実だと認識してしまうと、俺は段々と腹が立ってきた。
 奇跡だと? こんな時代にこんな都合の良い奇跡が起きてたまるか! 今は新生代・第五紀なんだぞ!
 俺は怒りに任せ、拳を壁に叩きつけた。轟音と共に、隣の部屋と繋がるほどの大穴が壁に開いた。
 人間の時代と呼ばれた第四紀が終わってから、どれほどの時が過ぎたんだろうか?
 今や世界の支配者は機械の体を持った悪霊で(しかも、その機械の体は元々人間の発明だったというから笑える)、人間は、死にたくなければ悪霊マシーンの家畜か玩具となるしか道が無かった。
 さよなら人類! こんにちは悪霊!
 俺は、悪霊マシーンの一柱にして人間狩り部隊の先鋒、シリアルナンバー『LAPLACE—1812』
 下級の、名も無き悪霊マシーン。
 そして、残された僅かな人間世界に紛れ込んだ、薄汚いスパイ野郎。
 大昔、俺たちの人間狩りから逃げ延びた極少数の人間共は、悪霊マシーンの入り込めないパワースポットに結界を張り、『社(ヤシロ)』と呼ばれる聖域を作っていった。強力な霊能力者『巫女』に導かれた『社』は、少しづつ勢力を伸ばし、今では悪霊マシーンと対峙出来るまでに組織を大きくしていた。
 俺はある事情のせいで、『社』と人間社会に溶け込み情報を集めるという、非常に面倒な仕事を押し付けられた。
 人間そっくりに改造させられた上、悪霊除け結界を無効化する、世界で唯一つのコトダマ、『禁足開放のコトダマ』を胸に埋め込まれた。
 こうして人間に化けた俺は、抵抗勢力の総本山にして、各地の巫女と社を統べるシャーマンクイーン・第923代ブラフマーの居城『御神殿』に送り込まれた。
 そして、豊富な悪霊マシーンに関する知識により(そりゃそーだ、俺自身が悪霊マシーンなんだから)、まんまと神官になることに成功した訳だ。
 だが、体に組み込まれたコトダマの影響か、はたまた人間社会に長く溶け込み過ぎたせいか……とにかく、近頃の俺は、焼きが回ってしまったようだ。
 俺は、俺たち悪霊マシーンが、なぜこうも人類を虐待しているのか解らなくなってしまった。
 仮に、今ここで御神殿の抹殺指令が出ても、俺は誰一人殺せないだろう。
 殺戮マシーンだった俺がこんな腑抜けになったのは、ナユタ、あの娘と出会ってしまったからだろうか……
「……ラプくん、呼んだ?」
「ウワァオゥ!」
 いきなり声を掛けられ、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。部屋の隅でチョコンと体育座りしているナユタ。こいつは気配を消す達人か? 毎度のことなんだが、正直、悪霊マシーンとしては自信をなくすぜ……あっ! まてまて! もしかして……
「ナユタ、お前、俺に変な夢見させたか?」
 ナユタはにっこり微笑むと頷いた。
「……修行の成果」
「お前ねー……壁に穴あけちまったじゃねーか。そんな悪さするなら、合鍵返してもらうぞ」
 ものすごい勢いで首を振るナユタ。隠れ家を無くすのが心底嫌らしい。つらい修行の後、繁華街で菓子を買い込んで此処に逃げ込むのが、ナユタの日課となっている。
 神官の立場としては、素行不良の見習い巫女は、教育部に突き出さなくてはいけないのだが……まあ、俺は悪霊マシーンだし。
「もう二度とするんじゃねーぞ」
 今度は真剣な顔でコクコクとうなずく。まあ、許してやるか……ため息を一つつくと、俺は荒れた部屋の片付けを始めた。
「…なあ、一つ聞かせてくれよ、あの夢、お前の望みなのか?」
 少し考えるナユタ。
「……私の望みでもあるし、あなたの望みでもあるよ」  
 まったく、俺が人間になる程度、ナユタが生贄で無くなる程度の奇跡、神様って奴が本当にいるのなら、一発景気良く起こしてもらいたいモノだ。



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