はじめてのおつかい(1) 公開:2010年7月6日  new!

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はじめてのおつかい(一)


 盲目の姫巫女と謳われる第924代ブラフマーの祝詞が、板張りの神楽殿に響きわたる。
 巫女装束に身を固め、全身全霊を込めて祝詞を唱える妖艶な美女は、はるか古代の伝説の鬼道師、卑弥呼を彷彿とさせた。
「八百萬の神達共に聞食せと、恐み恐み申す〜!」
 清らかで力強いその声は、空気の振動という、単純な物理現象では説明しきれない、強大なエナジーを感じさせる。
 神聖さそのものがブラフマーの体から湧き出て、体育館はあろうかという神楽殿、さらには広大な御神殿全体を赤く染めていくかのようだった。
 ブラフマーはすっくと立ち上がると、神楽殿中央に置かれた直径一メートルはある玉石の前に赴き、神楽を舞い始めた。
 この玉石の名はコトダマといい、超科学文明末期の遺跡から発掘される、強力な力が封じ込められた聖遺物だった。しかし、常人にはその力を引き出すことは叶わない。コトダマを扱えるのは、アニミズム・シャーマニズムのエキスパート、超人的な霊能力を有する巫女だけだった。
 血の穢れの無い彼女たちが扱えば、コトダマは、人類の天敵にして世界の絶対支配者、悪霊マシーンにさえ手傷を負わせることが出来る。歴代最強の霊能力者と誉れが高かった、先代・第923代ブラフマーとその直属の巫女戦士達においては、一度きりではあるが、完全な調伏にも成功していた。
 しかし、ここ神楽殿にあるコトダマは異様に大きい。普通は五センチ程度の小さな物なので、このコトダマは勇に二十倍以上の大きさがある。
「『ツキガミ』が完成したタイミングで、まさか『求のコトダマ』が見つかるとはね」
 若い男の声。神楽殿の入り口あたりに3人の男女が控えており、その中の鋭い目つきの少年がささやいた。
「発見確率三.七%での獲得だ! まさに神の啓示! これを好機と捉えずに何とする!」
 細身の黒スーツに白衣を纏った、サングラスの中年男が興奮気味に答える。その脇で、ツインテールの少女が声を荒げた。
「ちょっとシュタイナー、声大きいわよ! ブラフマー様の邪魔になっちゃうでしょ?」
 ヒラヒラとしたロリィタファッションが似合う少女は、イライラとした調子で尚も続けた。
「それと、あんなモノ見付からなくったって、『ツキガミ』はメイとブラフマー様で動かして見せたわ!」
 よく見れば、少女の着ている服の基本的なディテールは巫女装束だった。
 興奮した少女巫女を、鋭い目つきの少年が慣れた様子でなだめた。
「メイ、落ち着け。お前こそブラフマー様の邪魔をしているぞ。しかし、実際いいタイミングじゃないか?お前、昨日の憑依実験も失敗してるだろ」
 メイと呼ばれた少女は、プライドを傷つけられたのか、顔を真っ赤にして反論した。
「ま、待ってよセイ! まだ2回失敗しただけよ……少し集中が足りなかっただけ! いいえ、これはツキガミ側の問題よ! ぴったりメイ専用にチューニングしてくれれば、楽勝で憑依合身してみせるわ!」
 メイの我侭に、今度はシュタイナーが割って入った。
「1機しか無いツキガミに、変な癖を付けさせる訳にはいかん! そもそも、この実験の目的はニュートラルな状態でデータを取ることだ。偏ったデータでは次が続かない!」
「それじゃあ、せめてアストラル体の投射深度を7以上で設定してよ! それならばきっとうまくいくわ!」
 メイとシュタイナーの言い争いに、見かねたセイが割って入った。
「メイ、黙れ」
 乱暴に、しかしやさしくメイの両頬へ手を添え、視線を自分に向ける。メイの目を見据え、セイは静かに、しかしかすかに怒気を含んだ声で言葉を続けた。
「シュタイナー博士はツキガミのことを知り尽くしている。その博士がしなかったということは……その設定、安全マージンを越しているんじゃないのか?」
 シュタイナーが人差し指を突き立てて大きく頷く。
「一%、障害が出る可能性がある」
「一%って! 一〇〇回やって一回の話じゃない!ていうか、さっき『求のコトダマ』が発見確率三・七%で神さまの啓示とかスゴイこと言ってなかった? それじゃあ、一%の確率で事故が起きたらなんなのよ?」
 反論するメイ。しかし、セイは黙っていなかった。 
「考え方がまったく反対だ! この低い確率でコトダマが見つかったってことは、確率一%でも事故が実際に起こるかもしれないってコトだ。ましてや、仮にもツキガミは危険な兵器なんだ! 甘く考えるな!」
 強い口調でセイに叱られ、メイは涙目になっていた。
「……メイ、お前には危ないことはしてもらいたくない。どんなに小さなことでもだ。たった1人の肉親、大切な妹だからな……」
 そう告げると、セイはメイから目線を逸らさず、じっと見つめた。
「……ごめんなさい、お兄ちゃん……」
 少し顔を赤らめたメイは、恥じ入るように顔をうつ伏せると、セイの服の裾をチョコンとつまんで傍に寄り添った。
「たしかにツキガミは起動しなかった。だがな、メイ、それでもかなりいいデータが取れた。焦る必要はない」
 と、シュタイナーもメイを慰める。が……
「変な慰め方すんなオジサン! いいデータとかメイには関係ないの! この御神殿で、ブラフマー様に次ぐ力を持ったこの私が、憑依合身出来なかったことが頭に来てるの!」
 メイは一気にまくし立てると、セイの背中にサッと隠れた。メイの子供っぽい振る舞いに、シュタイナーとセイは顔を見合わせて苦笑した。
「まあ、なんだ。もしあの『求のコトダマ』から出てくる何かが使えないようだったら、そのときこそツキガミをメイ専用に調整してやろう」
「ほんと? シュタイナー!」
 シュタイナーの甘言に、メイはコロッと態度を崩す。 
「ああ、本当だ。究極の対悪霊兵器、コトダマシーン『ツキガミ』 未だ完成は試作機一基のみだが、誰も憑依合身出来んまま実験を続けるよりは、無理矢理にでも使えるようにして戦力にしたほうが良かろう。だが期待はするなよ。『求のコトダマ』は召喚のコトダマ。術者の願いを実現する為に、最適な人材をあらゆる世界から探し出して連れて来るコトダマだ。ましてや術者は巫女戦士の女王・ブラフマー。失敗はイレブンナイン有り得まい」
「イレブンナイン?」
「九が一一個、つまり九九・九九九九九九九九九%失敗は有り得ないってことだ」
 メイは、深い溜息をついた。 

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 外野の3人が見守る中、いよいよブラフマーの祈祷は佳境に入っていく。『求のコトダマ』は活性化され、ただの石に見えた表面には、金属的で機械的な文様が浮かびあがった。そして、その中心に『求』の文字が明るく輝き始める。
「なにが呼ばれるんだ」
 セイのつぶやきに、シュタイナーが答える。
「さあ……恐らくは、ツキガミに憑依できる力を持った巫女か、ツキガミを完成させられる神官、もしくはエンジニアか……」
「神官来い!エンジニア来い!」
 メイがつぶやく。
 ブラフマーの舞う神楽はついにクライマックスを向かえ、同時に『求のコトダマ』が正視出来なくなるほど輝いた。
「恐み恐み申す〜!!」
 最後の祝詞を唱え終えると、ブラフマーはその場で失神した。
 一瞬、『求のコトダマ』から、さらに暴力的な光が飛び出すと、神楽殿全体が光の暴走に襲われた。
 コトダマは白熱したまま真っ二つに割れ、裂け目から爆発的に霧が噴出した。轟音と共に止め処なく無く溢れる重く生暖かい霧は、神楽殿を白い闇で満たしていく。
「ブラフマーさま〜!」
 メイが霧の中に倒れるブラフマーに駆け寄る。
「大丈夫か!」
「ブラフマー様!」
 セイとシュタイナーも後に続き、二人でブラフマーの両脇を固めると、そのまま神楽殿の入り口までブラフマーを引っ張った。
「ブラフマー、意識はあるか?」
 シュタイナーの問いかけに、柱にもたれかけるように横にされたブラフマーは、力な無く頷いた。そして、『求のコトダマ』があった方向に、盲いた目を向けた。
「……どんな様子ですか?」
 『求のコトダマ』はぱっくりと二つに割れ、お互いかなり離れた位置へ飛ばされた様子だった。そして、先ほどまで『求のコトダマ」が置かれていた神楽殿の中心からは、未だ生あたたかい霧が発生し続けていた。
 ブラフマー達のいる入り口あたりからは、中心部近辺の様子は濃い霧に遮られて、まったく分からない状況だった。
「見てきます」
 セイはブラフマーの傍から立ち上がると、中心部に向かって歩いていった。
「セイ! 気をつけて!」
 メイの声を背に、セイの姿は霧の中に掻き消えた。
 霧の中を進むセイは、コトダマによって呼び出された人物のことを考えていた。シュタイナーの予想では巫女か技師……セイはそのどちらも否定したかった。
 セイは、大事な妹が、例え安全であったとしても、戦闘という生き死にの現場に立つことに反対だった。いや、妹・メイに限らず、女性が戦うということ自体が嫌だった。
 セイは十代の若さで御神殿親衛隊の隊長という要職に就いていた。その強さは尋常でなく、銃器を持った人間程度では、両手に余る人数がいたとしてもセイ一人で制圧出来るだろう。超能力を持った兵でも同様だ。実際『ネガティブキャンペーン』と呼ばれる、悪霊マシーンを神とあがめる人間の組織が、過去に幾度と無く御神殿に刺客を送り込んできた。だが、そのことごとくをセイは退けて来た。
 生き残る為の醜悪で見苦しい駆け引き。そして飛び散る肉塊。消えていく命。セイは戦いの凄惨さを身を持って知っていた。だから、子を宿し、育てるという清らかな役目を持った女性には、その汚れた現場に立って欲しくなかった。大切な妹だったら尚更だった。
 しかし、悪霊マシーンと対峙できるのは、
強力な霊能力を持つ巫女、清らかな乙女達だけだった。セイが如何に強かろうと、悪霊マシーンは強さの次元が違った。悪霊マシーンは物理攻撃を一切受け付けず、反対に彼らの物理攻撃は苛烈の一言だった。
 セイは、『求のコトダマ』で呼び出された者が、悪霊マシーンと戦える霊能力をもった、
屈強な男の戦士か、もしくは男にも巫女に匹敵する強い霊能力を与えてくれる技術者ならば良いと思っていた。
「……しかし、なんて濃い霧だ。しかも蒸し暑い」
 セイは、思いをめぐらせながら、しかし慎重に重い霧を掻き分け、少しづつ中心方向へと進んでいった。
 やがて、シューという霧が噴出する音の中に、不思議な音が混ざるようになった。
 ふーんふーんふーん
「なんの音だ?」
 さらに音のする方向に進む。霧が薄くなり、明るくなった中心部にうすぼんやりとシルエットが見えて来た。
 らららーららー
 音の調子が変わる。はっきりと聞こえてくるようになると、それは人の声のような、音階があるような、おかしな調子の音だった。
 近づくにつれ、シルエットはだんだんと人間によく似た姿を表した。セイとの距離はもう目と鼻の先だった。
 その時、一陣の風がセイとシルエットの間に吹いた。
 霧は吹き飛ばされ、隠された全容が明らかになる。
 セイは絶句し、固まった。
「……お風呂に入った、女の子、だと?」
「ふーんふーん♪らららー♪」
 背を向けて湯船につかった少女は、気持ちよさそうに鼻歌を口ずさんでいた。
 気配を感じたのか、湯船の中の少女は立ち上がるとセイのほうへ振り向いた。
「ん〜? なにか御用ですか〜?」
 見詰め合う二人。
「……?
……???
……キャーーーーー!!!!!!」
 絶叫する女の子の頭には、小さな角が生えていた。


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